東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2706号 判決
3 そこで、前記1及び2において認定した事実に基づいて考察するに、商法第二三条の規定によるいわゆる名板貸人の責任は、名板貸人が自己の名称を使用して営業をなすことを他人に許諾することにより、実質的営業主である他人すなわち名板借人の営業について、名板貸人自身がその営業主であるという外観を作り出したことに基づき、その外観を信頼して取引した第三者に不測の損害を被らせることを防止する目的をもって定められているものであるところ、本件において控訴人から医薬品を買い受けた当事者は被控訴人でなく、訴外会社であるといわなければならないが、訴外会社は、被控訴人の名称が大書されていた被控訴人の主たる事務所の一部に営業所を設け、被控訴人加入名義の電話を使用して被控訴人名義をもって控訴人に医薬品を注文し、被控訴人あての納品書を受け取り、被控訴人から控訴人あての受領書に受領印を押捺するなどし、被控訴人あての売掛代金支払請求書を受け取ってその支払をしていたのであるから、右の事実に照らせば、訴外会社は、被控訴人の名称を使用して控訴人との間に取引をしていたものということができる。訴外会社が買掛代金の一部の支払のために訴外会社振出名義の約束手形及び同引受名義の為替手形を控訴人に交付してそのうちの約束手形六通を決済した事実が認められることは、前示のごとくであるが、それは買掛代金の一部の決済手段としてそのような方法がとられたにすぎないものということができて、しかも右のようにして授受された手形は一〇通にとどまるのであるから、右の事実は訴外会社が被控訴人の名称を使用して控訴人と取引をしたと見ることにつき何ら妨げとならないものというべきである。
次に、被控訴人は、その主要な業務としている医薬品、医療器具等の共同購入の業務を廃止することとし、訴外会社との間に前記認定の業務委託契約を締結して、右医薬品、医療器具等の共同購入等の業務を訴外会社に委託したのであるが、訴外会社が経営不振に陥ることを懸念して訴外会社の業務遂行に協力することを約定し、被控訴人の名称が大書されていた被控訴人の事務所の一部を訴外会社の営業所として使用させていたのであって、被控訴人が累積した負債の整理・解消を図る必要に迫られて訴外会社との間に右業務委託契約を締結するに至った事情等に照らせば、被控訴人は、訴外会社の業務遂行につき全面的に援助協力する態勢を取っていたものと推認することができるのである。以上認定・推認の諸事情からすれば、被控訴人は、訴外会社が被控訴人加入名義の電話を使用して取引をし、被控訴人名義をもって控訴人との間に授受される納品書・受領書・請求書等を処理することを許容していたものと認定するのが相当である。してみれば、被控訴人は、訴外会社に対し、被控訴人の名称を使用して営業をすることを許諾したものというべきである。
そして、控訴人は、訴外会社が被控訴人の名称を使用して取引を継続したことを信頼し、被控訴人が営業主であり取引の相手方であると誤認して、訴外会社と取引をしたものということができる。
4 ところで、被控訴人は、控訴人が取引の相手方を被控訴人と誤認したことについては控訴人に重大な過失があったと主張するので検討するに、(一)、被控訴人は、訴外会社の代表取締役石垣は、控訴人の担当者に「株式会社医協センター代表取締役」の肩書を印刷した名刺を交付したと主張し(ただし、証人石垣和郎は右のような証言をしていない。)、訴外会社は同会社振出名義の約束手形をもって買掛代金の支払をしたのであるから、控訴人は、訴外会社が買主であることを容易に知り得たはずであると主張するのであるが、前記認定のように石垣は、被控訴人の名義を使用して控訴人との取引を開始し、その後被控訴人あての納品書・請求書並びに被控訴人から控訴人に対する受領書等を処理していたのであって、その取引期間は約一箇年にかたり、処理した伝票・請求書が極めて多数に及んでいたことに照らせば、控訴人が取引の相手方を被控訴人であると誤認したことには合理的な理由があったものというべきであり、(二)、≪証拠≫によれば、被控訴人が発行した昭和四九年一〇月一五日付「目黒医協ニュース」めぐろ第一号には、被控訴人専務理事阿藤和夫が「目黒医師協同組合の現況と将来」と題して執筆した記事として、「薬品購買は特定業者に一任する(若干のマージンを受取る)」旨の記載があり、別に「今年の六月頃、理事会で薬品販売業務を全て代行会社に行なわせて、手数料収入に切替えるという決定により、医師協の経営方針に沿って(株)医協センターが設立したのです。」(執筆者訴外会社企画室)との記事もあり、その広告欄には、医薬品商社としての訴外会社の広告が掲載されているのであるが、他方、右阿藤専務理事の執筆記事中に、被控訴人の「現在の業務内容」に「医薬品購買」が存する旨及び「医薬品購入については、……たまには医師協同組合或は医薬品を一手に引受けている医協センターに電話をかけてみて下さい。」という記載があり、「当社は設立の理由からしても医師協とともにある会社であり、将来もこの方針は不動のものです。」(執筆者右企画室)との記事も掲載されていて、被控訴人の前記医薬品、医療器具等の共同購入業務を遂行するにつき被控訴人と訴外会社が相互に協力して行く方針である旨を読み取ることができるのであるから、右目黒医協ニュース第一号を読みさえすれば、被控訴人が医薬品の購入販売をやめたことを知ることができ、したがって、被控訴人が控訴人との取引において買主となるはずがないことを容易に知り得たものであるというのも、当を得ないものというべきであり、(三)、更に、訴外会社は、前記営業所に同会社の商号を明示するような手段を取らず、被控訴人の名称が大書されている被控訴人の事務所の一部を営業所として使用し続けたのであり、被控訴人においてもこれを容認し、訴外会社が別個の営業主体であることを明示するような措置を講じなかったのであるから、控訴人が取引の相手方を被控訴人と誤認したこともやむを得ないものであったというべきである。他に控訴人の誤認につき控訴人に重大な過失があったとの被控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(安倍 長久保 加藤)